僕も昔から、「魂の重さは21g」という話は知っていた。
どこかで聞いたことがあるという人も、それなりにいると思う。
でもこの話に強く興味を持ったきっかけは、古川本舗の楽曲「21g」だった。
もともと古川本舗が好きで、新しいアルバムが出たときに聴いたんだけど、いつ頃だったかは正直覚えていない。
今までの古川本舗とは違ったイメージで、穏やかな感覚だったのは覚えている。
そこから「神秘的だな」と思ったんだ。
ただ魂の重さの話そのものは半信半疑で、神秘的だ、というだけだった。
この21gという数字の元になったのは、1907年4月に米国の医学誌 American Medicine に載った、ダンカン・マクドゥーガル医師の論文なんだ。
医師がいたのはマサチューセッツ州ヘイバーヒル(マサチューセッツ州にある、論文の医師の所在地)。
そして同じ論文は、米国心霊研究協会の会誌の1907年5月号にも同時に載っている。
実はこの21gという重さは、対象となった6人の平均ではなく、1人目の患者の数字だったんだ。
今回は、魂の重さを量ろうとした実験と、その後の「死の瞬間」をめぐる話を追いかけながら、僕と一緒に未来を覗き見てみよう。
目次
魂の重さを量る実験は、ベッドごと秤に乗せて行われた

医師は、死んだあとも人格が続くならそれは空間を占める何かでなければならない、という仮説を書いている。
そして空間を占めて体とつながっているものなら、重さがあるはずだと医師は考えた。
だから死の瞬間に人を量れば、それが見つかるはずだというわけだ。
1人目に選ばれたのは、結核で亡くなる男性だった。
体がほとんど動かないまま亡くなる病気の人を選べば、秤のつり合いを保ちやすい。
減った重さにも気づきやすい、と医師は説明している。
患者は、とても繊細につり合わせた台秤(竿がつり合っているかで重さを見る秤)の上に組んだ、軽い枠のベッドに寝かされた。
台秤というのは、竿がつり合っているかで重さを見る秤のことだ。
上に乗ったものが軽くなると、竿の端が下の止め棒に当たる仕組みになっている。
この秤は、2/10オンス(重さの単位。1オンスは約28.35g)(約5.7g)の差が分かる精度だった。
ちなみにオンスは重さの単位で、1オンスは約28.35gだ。
亡くなる前の3時間40分、患者の体重は1時間に1オンス(約28g)の割合でゆっくり減っていた。
このゆっくりした減少は、呼吸の水分と汗が蒸発したからだ、と医師は書いている。
そして息を引き取ったのと同時に、秤の竿の端が音を立てて下の止め棒に当たったんだ。
減った重さは3/4オンスだった。
ここまでで、死の瞬間に秤がどう動いたかはわかったと思う。
蒸発は1分に1/60オンス(約0.47g)の割合だった。
だから数秒で3/4オンス減ったのは蒸発では説明できない、と医師は書いている。
尿についても、ベッドの上に残っていたので、ゆっくり蒸発する分しか影響しないと医師は書いた。
医師は肺の空気も疑っている。
そこで医師と同僚が自分でベッドに乗って強く呼吸してみたけど、竿は動かなかった。
そのうえで医師は、「これは魂の物質なのか?ほかにどう説明できるだろう」と書いているんだ。
魂の重さが21gになったのはなぜか、6人のうち1人目の数字だった

1人目の3/4オンスをグラムに直すと、約21.3gになる。
つまり21gは6人の平均ではなく、1人目の値だったんだ。
じゃあ、ほかの5人はどうだったんだろう?
2人目も結核の男性で、呼吸が止まったあと、顔の筋肉の最後の動きと同時に1/2オンス(約14.2g)減った。
そして呼吸が止まってから死が確かになるまでの18分で、重さはさらに減っている。
ただ2人目は死がとてもゆっくりで、いつ亡くなったのか判断に大きな疑いがあった、と医師自身が書いている。
3人目も結核の男性で、死と同時に1/2オンス、数分後にさらに1オンス減った。
4人目は糖尿病による昏睡の女性だった。
でも秤の調整が不十分で、実験に反対する人の妨害もあり、医師本人が「価値がない」としている。
5人目は結核の男性で、死と同時に約3/8オンス(約10.6g)減った。
このときは、竿が15分間も下がりきらなかったそうだ。
6人目は、ベッドに乗せて5分足らずで、秤の調整中に亡くなっている。
これも医師本人が「価値がない」とした。
こうして見ると、数字は人によってかなりばらばらなんだ。
21gは6人の中の1つの数字だということは、覚えておいてほしい。
医師は人の実験の結論として、「魂の物質だと思われる」と書いた。
「重さのある物質が死の瞬間に体を離れることを実験で示した」とも書いている。
一方で、「誤りなく証明するには、もっと多くの実験が必要だ」とも書いているんだ。
本人も、まだ実験が足りないと書いていたことになる。
そしてこの論文は、新聞にも取り上げられた。
15頭の犬は減らなかった、でもその実験は本人が「損なわれた」と書いている

医師は同じ実験を、15頭の犬でも行っている。
結果はすべて陰性で、死の瞬間に体重は減らなかった。
ここだけ聞くと、人には魂があって犬にはない、という話にも見えるかもしれない。
でも医師本人は、この犬の実験は損なわれたと書いているんだ。
秤のつり合いを保つため、暴れないように2種類の薬を与えたのが理由だった。
薬を与えた犬と人をそのまま比べるのは、少し難しいと思わないかな。
それでも医師は論文の終わりで、犬では減らないと「実験が示しているようだ」と書いているんだ。
同じ1907年のうちに、体温と「死の瞬間」への反論が出ていた

論文が出たその年のうちに、反論も出ている。
1人目の減り方を医師がどう説明していたかは、覚えておいてほしい。
1907年5月号には、マサチューセッツ州ケンブリッジのオーガスタス・P・クラーク医師の投書が載った。
クラークは、論文が死の前後の体温の記録を載せていないことを残念だとしたんだ。
呼吸が止まると、血液が空気で冷やされなくなるから体温が上がる、とクラークは考えた。
そして体温が急に上がって気づかないうちに体の水分が出ていけば、3/4オンスの減少は説明できるとした。
ただしクラーク自身の患者は体温だけを記録していて、体重は量っていない。
これに対してマクドゥーガルは、7月号で体温の説では足りないと返した。
自分の患者は、皮膚が冷たく湿った状態で亡くなっていたというんだ。
さらに1907年11月号には、フィラデルフィアのオースティン・オマリー医師の反論が載った。
オマリーは、呼吸が止まり心音が聞こえなくなっても、それは死の証明ではないと書いている。
オマリーは、死の正確な瞬間を知っている人は地上に一人もいない、とも書いた。
そして死は、呼吸や心音が止まることより複雑な過程だというんだ。
そのうえでオマリーは、4つの実験のうち3つは決定的に疑わしいとした。
秤で死の瞬間を捉えようとした実験に対して、同じ年のうちに「死の瞬間とは何か」を問う人が出ていたんだ。
魂の重さの「最新」を追うと、2001年の羊と2023年の脳波に行き着く

じゃあ、この話はそこで終わったのか?
2001年、ルイス・E・ホランダー・ジュニアが、死の瞬間の動物の体重を電子式の秤で測った報告を出している。
対象は12頭で、雄の羊1頭・雌の羊7頭・子羊3頭・ヤギ1頭だった。
秤は最大100kgまで量れて、5gの差が分かるものだ。
結果は1907年とは逆向きだった。
大人の羊8頭のうち7頭で、死の瞬間に18〜780gの一時的な「増加」が1〜6秒見られたんだ。
減るはずの話で重さが増えていたなんて、思わないよね。
子羊とヤギでは、この増加は見られなかった。
ただ、死の前と後で比べると、どの動物も体重そのものは変わっていなかった。
本人は「装置による見かけの変化かもしれないし、生理的な説明があるかもしれない」と書いていて、結果は「ごく予備的」としている。
ちなみに掲載誌の Journal of Scientific Exploration(主流科学で扱いにくい題材の学会誌) は、主流の科学で扱われにくいテーマを議論する場として作られた学会の雑誌だ。
そしてもう一つが、2023年5月の論文になる。
米国ミシガン大学などのチームが、亡くなっていく4人の患者の脳波と心電図を、人工呼吸器を外す前後で記録したんだ。
4人のうち2人で、ガンマ波(脳波のうち、1秒に30〜150回ほどの速いリズム)が急に強まった。
ガンマ波というのは、脳波のうち1秒に30〜150回ほどの速いリズムの成分のことだ。
このガンマ波の活動は脳全体の酸素不足によって起き、心臓の状態が悪くなるにつれてさらに強まっていた。
研究チームは、これを「死にゆく過程の中で」見られたと書いている。
さらに、意識に関わると考えられている脳の後ろ側の領域でも、つながりの急上昇が見られた。
ただこの領域の役割は論文の要旨でも「仮説」とされているので、意識と関わっているかもしれない、という段階なんだ。
21gが嘘でも、死の瞬間はまだ1つの点になっていない
1907年の秤は、死を1つの瞬間として捉えようとしていた。
でも同じ年に、死の正確な瞬間は誰にも分からない、という反論がもう出ていたんだ。
そして2023年の研究は、死を1つの点ではなく、過程として記録している。
ただしそれも、4人のうち2人の記録だ。
死の瞬間を見る道具は、秤から脳波に変わった。
それでも記録はまだ数人分で、その先は分からない、と僕は思っている。
今回も未来を覗き見れたかな?それじゃ、バイバイ!
参考にした資料
・Journal of the American Society for Psychical Research Vol. 1, No. 5(1907年5月)
・Hypothesis Concerning Soul Substance(Augustus P. Clarke, American Medicine, 1907年5月)
・Hypothesis Concerning Soul Substance(Duncan MacDougall, American Medicine, 1907年7月)
・Is the Vital Principle Ponderable?(Austin O’Malley, American Medicine, 1907年11月)
・About the Journal(Journal of Scientific Exploration)
・The gamma rhythm as a guardian of brain health(eLife, 2024年)





