ネズミもゾウも一生に打つ心拍の回数はだいたい同じ、という話を一度は耳にしたことがあると思う。
体の大きさがまるで違う生き物どうしなのに、回数だけはそろっているというちょっと不思議な話だよね。
この話は本川達雄さんの『ゾウの時間ネズミの時間』(1992年)で広く知られるようになった。
僕もこの話は聞いたことがあったけど、それはずっと昔、本当に小さいころに聞いた話なんだ。
ところが調べてみると、決まっているはずのその回数が、同じ著者の2冊の本で20億回と15億回に分かれていた。
今回は生き物の一生の心拍数が本当に決まった数なのか、僕と一緒に未来を覗き見てみよう。
目次
ネズミもゾウも、寿命までの心拍数は同じと言われてきた

まず出発点になっている関係から見ていこう。
人を除いた哺乳類では、安静時の心拍数が速い動物ほど寿命が短い。
そして小さい動物ほど心拍数が速く、大きい動物ほど心拍数はゆっくりになる。
ここまではなんとなくイメージできる人も多いんじゃないかな。
速く打つ動物は短く生きて、ゆっくり打つ動物は長く生きる。
だから1分あたりの回数と寿命を掛け算すると、一生の回数がそろって見えるんだ。
あくまでも掛け算をしたときの計算の形として、そろって見えるという話になる。
寿命の差は約40倍もあるのに、一生の心拍数は桁が同じ範囲に収まってしまうんだ。
一生の心拍数は何回なのか、寿命までの回数は資料によって違う

じゃあその一生の回数は具体的に何回なのか。
1992年の『ゾウの時間ネズミの時間』には、哺乳類ではどの動物でも一生の間に心臓は20億回打つという計算が紹介されている。
一方で1994年の『絵ときゾウの時間とネズミの時間』には、一生のあいだに心臓は15億回打つ、ゾウもネズミも同じと書かれている。
つまり同じ著者の2冊の本に、20億回と15億回の2つの数字があるんだ。
1994年のほうは子ども向けの本で、なぜ数字が違うのかの説明は、僕が調べた資料の中には見当たらなかった。
2年の間に考え方が変わったのか、子ども向けに数字を変えたのか、僕には分からなかった。
本によって回数が違うなんて今回初めて知ったし、調べた中でいちばん驚いたところだった。
そして本以外の研究でも数字は違っている。
1979年の論文では、哺乳類31種で一生の心拍数の平均は約10億回になっている。
この論文は安静時で麻酔をかけておらず、暑くも寒くもない状態の大人の値だけを使い、冬眠する動物は外している。
寿命には記録に残る最長の寿命を使っているんだ。
1997年の論説では、人を除いた哺乳類で一生の心拍数は平均で約7.3億回になっている。
こちらは寿命に平均的な寿命を使っている。
そしてこの論説の著者自身も、一生の心拍数は桁の範囲でほぼ一定と書いていて、ぴったり同じ数だとは言っていないんだ。
ここまでで20億回・15億回・約10億回・約7.3億回と、4つの数字が出てきたよね。
少なくとも1979年の論文と1997年の論説は、使う寿命が最長記録と平均で違っている。
この2つの数字の違いは、そこから来ているのかもしれない。
この記事では、約10億回をいちばん確かな目安として扱おうと思う。
動物の数も、計算の条件も、寿命の決め方まで確かめられる数字だからなんだ。
小さい動物ほど心臓が速いのはなぜか、体の大きさと血管の話

回数の話はいったん置いて、今度は「なぜ小さい動物ほど心臓が速いのか」を見ていこう。
僕は小さい動物ほど心臓が速いことは知っていたけど、なぜ速いのかは考えたことがなかった。
今回あらためて考えてみて、血を送り出す圧の違いじゃないかと予想した。
小さいから血を流す1回の圧が少なくても全身に回るので速いのかな、大きい生き物は圧が必要だから大きく動くぶん遅いのかな、と。
でも資料に書かれていた説明は、僕の予想とは違っていた。
1997年の論説の著者の説明では、体が小さいほど体の重さに対して表面の割合が大きいから、熱が逃げやすいとされている。
体温を保つには熱をたくさん作る必要があり、そのために心拍数が速いという説明なんだ。
一方で、なぜその速さになるのかははっきりしていなかった。
そこに2025年2月、ポルトガル・アメリカ・メキシコ・スペインの研究者が新しい仮説を出したんだ。
論文は Scientific Reports という科学誌に載っていて、研究チームは哺乳類95種の心拍数を体重に対して並べた。
小さいものはフェレット、大きいものはアフリカゾウまで入っている。
実測を並べると、体が大きくなるにつれて心拍数が下がっていく度合いは、昔から知られた式よりゆるやかだった。
つまり大きい動物の心臓は、昔からの式が考えていたほどにはゆっくりになっていなかったんだ。
ブランコは、押すタイミングがちょうど合ったときにいちばん大きく揺れるよね。
決まったリズムで押すと動きがいちばん大きくなるこの現象を共振(決まったリズムで押すと動きが最も大きくなる現象)と呼んで、研究チームは心臓のリズムもこれで説明できると考えたんだ。
研究チームの仮説では、心拍数は大動脈(心臓から出てすぐの、体でいちばん太い動脈)から先の血管の中を血がいちばん流れやすくなるリズムに合っているとされている。
大動脈は心臓から出てすぐの、体でいちばん太い動脈のことだ。
そしてこの仮説では、大きい動物ほど大動脈が太いから血が流れやすいリズムが遅くなり、心拍数も遅くなるという。
ただしこれはまだ確かめられた話ではないので、そういう考え方もあるくらいで受け取ってほしい。
この仮説を式にして計算すると、体重によって心拍数がどう下がっていくかは実測とよく合った。
ただし計算で出てくる心拍数そのものは、実測の約2.6倍高かったんだ。
論文自身も、もっともらしい説明という言い方にとどめている。
研究チームは細い血管の弾力の扱いを変えることを、今後の課題にしている。
ちなみにこの論文のデータにはネズミは入っていないし、寿命の話にも触れていない。
なので、ここで分かったのは95種の哺乳類で体の大きさと心拍数の下がり方を説明しようとしている段階だというところまでなんだ。
人の心臓の筋肉の細胞は、一生で半分も入れ替わらない

一生ずっと打ち続ける心臓だけど、その筋肉の細胞は入れ替わっているのか気になったことはないかな。
心臓の筋肉をつくっている細胞を心筋細胞(心臓の筋肉をつくっている一つ一つの細胞)と呼ぶ。
かつてはこの心筋細胞を生まれたときのものだけで一生使うのか、あとから作られるのか確かめるのが難しかったんだ。
僕は心臓の細胞もふつうの新陳代謝と同じで、頻繁に入れ替わっているものだと思っていた。
2009年、スウェーデンのカロリンスカ研究所などのチームが炭素14(冷戦期の核実験で大気中に増えた炭素の一種)を使ってヒトの心筋細胞の年齢を調べた。
炭素14は冷戦期の核実験で大気中に増えた炭素の一種で、細胞が生まれたときにDNAに取り込まれるので細胞の年齢を調べる目印になる。
調べた結果、心筋細胞は入れ替わっていた。
ただ入れ替わる割合は25歳で年1%、75歳で年0.45%と、年齢とともに下がっていくんだ。
一生のうちに入れ替わる心筋細胞は50%未満だった。
2024年の論文は、それまでの研究をまとめる形で、健康な大人の心臓では一生で心室(心臓の下のほうにある、厚い筋肉でできた部屋)の心筋細胞の約4割が入れ替わるとしているんだ。
心室は心臓の下のほうにある、厚い筋肉でできた部屋のことだ。
頻繁に入れ替わるどころか、一生かけても半分にも届かないということになるよね。
人間の寿命だけは、心拍数の計算から外れている

人の場合はどうなのか、気になっている人もいると思う。
1997年の論説は人を除いた哺乳類で、心拍数と寿命の関係を描いている。
人はこの関係から外れているんだ。
今のところ、哺乳類で寿命がいちばん長いのは人だと論説は書いている。
まず生き物としての霊長類(サルのなかまをまとめた呼び名で、ヒトも含む)の話から見ていこう。
霊長類はサルのなかまをまとめた呼び名で、ヒトも含まれる。
この霊長類は哺乳類の中でも寿命が飛び抜けて長いグループとされている。
ただし体の大きさの割にどれだけ長生きかで比べると、霊長類がグループとして哺乳類でいちばん長生きというわけではない。
長生きな理由として研究者は、体の大きさ・木の上の暮らし・群れで暮らすことで、外からの死の危険が小さかった進化の歴史を挙げている。
ただこれはまだ確定した話ではなく、そうかもしれないという段階なんだ。
そしてこれとは別の話として、医学や衛生で延びた寿命の話がある。
ここで言う平均寿命(0歳の人がこの先平均で何年生きるかの見込み)は、0歳の人がこの先平均で何年生きるかの見込みのことだ。
日本の平均寿命は1947年には、男性で約50年、女性で約54年だった。
それが2020年には、男性で約82年、女性で約88年になっている。
生活環境の改善、食生活・栄養状態の改善、医療技術の進歩などで乳幼児や若い人の死亡率が大きく下がったことで、平均寿命が延びたんだ。
哺乳類の一生の心拍数は、まだ1つの数に決まっていない
ネズミもゾウも一生の心拍数は決まっている、と言われてきた。
でもその回数は資料によって20億回・15億回・約10億回・約7.3億回と違っていたよね。
心臓が速い理由のほうも2025年にまだ新しい仮説が出ている段階だった。
そして人の心臓の筋肉の細胞も、一生かけて半分も入れ替わらない。
決まっているはずの回数も、心臓が速い理由も、まだ1つの答えにはたどり着いていないんだと僕は思っている。
小さいころに聞いたあの話は、実は今も答えを探している最中の話だったんだ。
今回も未来を覗き見れたかな?それじゃ、バイバイ!
参考にした資料
・Predicting cardiac frequencies in mammals(Travasso ほか, Scientific Reports, 2025年)
・Evidence for Cardiomyocyte Renewal in Humans(Bergmann ほか, Science, 2009年)
・A Latent Cardiomyocyte Regeneration Potential in Human Heart Disease(Derks ほか, Circulation, 2024年)




