ブラキストン線が津軽海峡になぜ引かれたのか、14万年前にヒグマは渡った

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北海道にはヒグマがいて、本州にはツキノワグマがいる。
これくらいなら、なんとなく知っている人も多いと思う。

その境目には名前がついている。
ブラキストン線という、津軽海峡の上を通る線だ。

ただしこの線、地図には一本も描かれていない。
描かれていないのに、生き物のほうはきっちり守っている。

動物が津軽海峡を越えられなかったから分かれた、というのが定番の説明なんだ。
ところが本州の山から、ヒグマの骨が出ている。

越えられないはずの線の、南側からだ。

なぜ津軽海峡にこの線が引かれたのか。
そして南の骨は何なのか。

14万年前までさかのぼって、その先の未来を覗き見てみよう。

地図に描かれていない線が、津軽海峡を通っている

津軽海峡をはさんで北側にヒグマとエゾリス、南側にツキノワグマとニホンリスが向かい合う日本列島北部の図

ブラキストン線は、北海道と本州のあいだにある動物の境目だ。
津軽海峡をまたぐ形で、東西にすっと通っている。

北にいるのはヒグマ・エゾリス・エゾモモンガ・シマフクロウ。
南にいるのはツキノワグマ・ニホンリス・ニホンザル・ヤマドリ。

並べてみると、対になっているのが分かると思う。
クマにはクマ、リスにはリスが、海峡をはさんで別々にいるんだ。

ここで勘違いしやすいのが、この線を「生きられない壁」だと思ってしまうことだよね。
ヒグマを本州に連れてきたら死んでしまう、という話ではない。

動物園のヒグマは、本州でも普通に暮らしている。
線が言っているのは、自力でそこまで広がれたかどうか、それだけなんだ。

なぜ宗谷海峡は繋がって、津軽海峡は繋がらなかったのか

海面が80メートル下がってもなお水が残っている津軽海峡の断面図

ここからが本題だ。
よりによって、なぜ津軽海峡だったのか。

答えは深さにある。
津軽海峡の水深は、いまおよそ130メートル。

この数字だけではピンとこないと思うから、海面が下がった時期と比べてみる。
地球の水が氷として陸に積もったいちばん寒い時期、このあたりの海面はおよそ80メートル下がった。

130メートルの海が80メートル下がっても、まだ50メートルの水が残る。
海峡が陸になるには、水位の下がり方が足りないんだ。

浅くなった津軽海峡はそれでも海のままで、北海道と本州が陸で繋がることは最後までなかった。
僕らが北と南で別の生き物を見ているのは、この50メートルの差のせいなんだ。

いっぽう、北はどうだったか。
宗谷海峡は津軽海峡よりずっと浅くて、海面が下がると北海道とサハリンは陸続きになる。

北の大陸とは地続きになれて、南の本州とはなれない。
ヒグマもエゾリスも大陸から歩いて入ってきて、そこで止まったわけだ。

越えられないはずの線の、南側から骨が出た

本州の山中の地層から現れたヒグマの頭骨を覗き込む羊さん

ここまでが、自治体の解説ページにも環境用語集にも同じように書いてある話だ。
僕もこの説明で納得しかけていた。

ところが2021年、国立科学博物館と山梨大学などの研究チームの発表が、この話を裏返してしまう。
群馬県上野村と埼玉県秩父市で見つかっていたヒグマの化石から、古代DNAを取り出すことに成功したんだ。

本州に、ヒグマがいた。

しかも北海道のヒグマとは別の系統で、ユーラシア大陸の北からやってきた集団だった。
時期はおよそ14万年前。

ここで最初の疑問が戻ってくる。
海峡が繋がらなかったのなら、そのクマはどうやって津軽海峡を南へ渡ったのか。

研究チームの説明はこうだ。
14万年前ごろに海面が下がって陸と陸が極めて近づき、その結果としてヒグマが北海道から本州へ南下した可能性が高い。

陸続きになったわけではなく、クマが渡れるところまで距離が縮まっただけなんだ。

同じころ、ナウマンゾウとオオツノジカは逆向きに北上している。
狭まった海峡をはさんで、南へ行くクマと北へ行くゾウがすれ違っていたことになる。

そして本州のヒグマは、そのあと消えた。
なぜ絶滅したのかは、いまも分かっていない。

線に名前を残した男は、商売に失敗している

幕末の箱館の港で、鳥の標本箱を抱えて立つ人物の後ろ姿

線の名前になっているブラキストンは、揚子江の上流を探検した帰りに上海から船で箱館へ渡ってきたイギリス人だ。
1861年のことで、いまの函館にあたるこの港へ来た目的は学問ではなく商売だった。

西太平洋商会の支配人をつとめたあと自分の商会も立ち上げるのだけれど、そのどちらもうまくいかない。
箱館戦争などの混乱に巻き込まれ、商売として手がけたものはいずれも失敗に終わっている。

そのかたわらで、彼は道内の鳥を集め続けていた。
そこから北海道の鳥がシベリア側のグループに属することを示してみせたんだ。

商売は全部消えて、集めた鳥だけが線になって残ったわけだよね。
函館山には、いまもブラキストンの碑が建っている。

線がどこにあるかは、生き物によって違う

津軽海峡・宗谷海峡・トカラ列島の3カ所に別々の分布境界線が引かれた日本列島の図

もうひとつ、僕が意外だったことがある。
ブラキストン線は、生き物のグループごとに場所が変わるんだ。

ブラキストンたちが根拠にしたのは鳥で、哺乳類の分布もこの線とよく合う。
けれど両生類や爬虫類だと、もっと北の宗谷海峡に引かれた八田線のほうが合ってくる。

さらに南のトカラ列島には、渡瀬線という別の線が引かれている。
日本列島は何本もの線で輪切りにされていて、どの線が効くのかは相手が飛ぶのか歩くのか泳ぐのかで変わってくる。

僕らは新幹線で、あの海峡をあっという間に抜けてしまう。
ヒグマが渡るのに14万年前の海面低下を必要とした場所を、切符一枚で通り過ぎているんだ。

本州のヒグマがなぜ消えたのかは、まだ誰も答えを持っていない。
骨からDNAを読む技術はいまも進んでいて、次の一つが見つかれば、この線の話はまた書き換わる。

そのとき線がどこへ引き直されるのかは、まだ分からない。

今回も未来を覗き見れたかな?それじゃ、バイバイ!

参考にした資料

・本州にかつて生息していたヒグマの起源の解明(国立科学博物館, 2021年8月4日)

https://www.kahaku.go.jp/news/albums/abm.php?d=3198&f=abm00017873.pdf&n=678385.pdf

・海峡形成史からみた日本列島の成立(大嶋和雄/産業技術総合研究所 地質調査総合センター「地質ニュース」)

https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/77_12_05.pdf

・トーマス・ライト・ブラキストン 函館ゆかりの人物伝(公益財団法人 函館市文化・スポーツ振興財団)

https://www.zaidan-hakodate.com/jimbutsu/06_ha/06-burakisuton.html

・日本の自然環境(環境省「地球環境保全等試験研究」資料 07-ttmncj-2)

https://www.env.go.jp/earth/coop/coop/document/ttmnc_j/07-ttmncj-2.pdf

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