Daisy Bellは、世界で初めてコンピューターが歌った曲として紹介されることが多いんだ。
僕もデイジーベルは、もともと何かで聞いたことはあった。
でもちゃんと知ったのは、アニメ『アメイジング・デジタル・サーカス』のワンシーンだった。
そしてこの曲を歌ったコンピューターの声は、人の声を録音したものではなかった。
人の喉の形を計算して作ったものだったんだ。
それでは、僕と一緒にコンピューターの歌声の未来を覗き見てみよう。
目次
デイジーベルはいつの曲か、1961年にコンピューターが歌ったのは約70年前の流行歌だった

Daisy Bellは、Harry Dacreが作詞作曲した曲だ。
楽譜は1892年に、ロンドンとニューヨークで出版されている。
英語ではBicycle Built for Twoという名前でも呼ばれているんだ。
そして1961年、アメリカ・ニュージャージー州マレーヒル(アメリカ・ニュージャージー州の地名)にあるベル研究所(アメリカ・マレーヒルにあった研究所)で、コンピューターがこの曲を歌った。
歌声を作ったのはJohn L. KellyとCarol Lochbaumで、伴奏はMax Mathewsが付けている。
計算に使われたのは、IBMの大型コンピューターIBM 704(IBMの大型コンピューターの機種)だった。
曲が出たのが1892年で、コンピューターが歌ったのが1961年。
そのあいだには、69年の時間がある。
ギネス世界記録は、この曲をコンピューターの音声合成(コンピューターで人の声を作り出すこと)で歌われた最初の歌として記録している。
音声合成というのは、人の声を録音して流すのではなく、コンピューターで声を作り出すことだ。
1961年のこの録音は、米国議会図書館の全米録音登録簿(米国議会図書館が録音を選んで載せる登録簿)にも選ばれているんだ。
当時は、17秒のメロディを再生するのに1時間かかったそうだ。
僕もこの1961年の歌声を聞いてみたんだけど、最初に思ったのは、感傷深い、ということだった。
発音は拙いけど、なんとなく聞き取れる内容で、癖になる音質なんだ。
そして、明るく聞こえる。
ただ、この話は資料によって書かれ方が違っていて、歌った年が1960年・1961年・1962年、機種がIBM 704・7090・7094とばらばらになっている。
日本語の記事や動画ではIBM 7094と書かれていることが多いけど、7094の発表は1962年なので、1961年の録音とは合わないんだ。
もしどこかで7094と書かれているのを見かけたら、このことを思い出してみてほしい。
コンピューターは、人の喉の形を計算して歌っていた

声道(喉から唇までの、声が響く空気の通り道)というのは、喉から唇までの空気の通り道のことだ。
声帯の振動で生まれた音は、この声道で響いて、言葉の音になる。
だから、声道の形が声の響きにかかわってくるんだ。
KellyとLochbaumのやり方は、この声道を、太さの違う円筒をつないだ管として計算するものだった。
円筒の太さが変わる継ぎ目では、音の波の一部が跳ね返って、一部が通り抜ける。
管の形を変えれば母音も変わる、という考え方に近いのかもしれない。
ここまでで、喉を1本の管として見る、というイメージはなんとなくつかめたかな?
母音ごとの声道の形は、Gunnar Fantの本に載っていたデータを使っている。
そのデータは、X線で撮ったロシア語の母音の声道の形で、英語の母音のものではなかったんだ。
そしてこの計算が行われたのが、IBM 704だった。
スタンフォード大学の資料では、これをおそらく最初の、デジタルの物理モデル(音が出る仕組みを計算で再現するやり方)による音声合成としている。
物理モデルというのは、音が出る仕組みそのもの(ここでは喉の管の形)を計算で再現して音を作るやり方のことだ。
その後、声道を計算するやり方の研究は下火になっていった。
理由として挙げられているのは、Kellyの早すぎる死と、通信の用途ではボコーダー(声を音の成分の並びとして扱う仕組み)などの別の方式のほうが効率がよかったことだ。
ボコーダーは声を、どの高さの音がどれだけ強いかという音の成分の並びとして扱って、送ったり作り直したりする仕組みのことだ。
HAL 9000はなぜデイジーベルを歌うのか、映画のもとになった研究所の録音

映画『2001年宇宙の旅』は、1968年の作品だ。
この映画では、人工知能HAL 9000(映画『2001年宇宙の旅』に出てくる人工知能)が、宇宙飛行士デイブ・ボーマンに分解されていく場面でこの曲を歌う。
ベル研究所の説明では、作家のアーサー・C・クラークが友人で同僚のジョン・ピアースをベル研究所に訪ねたときに、コンピューターが歌うデモを見たとされている。
クラークはそれを、のちに小説と脚本のクライマックスに使ったそうだ。
米国議会図書館は、クラークがこの歌うコンピューターに出会った時期を1960年代初頭としているんだ。
一方で、Max Mathews側の説明は少し違う。
映画の助手がこの曲を聞いて、キューブリックがそのアイデアを気に入った、というものだ。
こちらの説明には、クラークの名前は出てこない。
2つの説明が並ぶと、どちらが本当なのか気になると思う。
ただ、どちらが正しいのかを、ここで決めることはできない。
クラーク本人やキューブリック本人がどう語ったのかは、確かめられる資料が見つかっていないんだ。
2つの説明は、どちらも、映画の場面のもとがベル研究所の録音だという点では同じだ。
ちなみに、映画で流れる歌声は1961年の録音そのものではなく、HALの声を担当した俳優Douglas Rainの声なんだ。
合成音声はデイジーベルから初音ミク、そしてAIの歌声へ

1961年の歌声から40年ほどたって、ヤマハは歌声を合成する技術の開発を本格的に始めた。
楽器の電子化が進むなかで、歌声だけがまだ残っていたんだ。
そして2003年、ドイツ・フランクフルトの楽器の見本市Musikmesse(ドイツ・フランクフルトの楽器の見本市)で、VOCALOIDを発表している。
VOCALOIDは、実際の歌手の歌声から切り出した短い音のかけら、音声素片(歌声から切り出した短い音のかけら)をつなぎ合わせて歌声を作る。
音声素片には、子音から母音へ移る部分などが集めてあるんだ。
1961年は声道の形を計算して声を作り、VOCALOIDは人の歌声の録音をつないで声を作る。
同じコンピューターの歌声でも、作り方の出発点がまったく違うことがわかると思う。
2007年8月31日には、クリプトン・フューチャー・メディアが、VOCALOID2を使った初音ミクを発売した。
初音ミクの声は、声優の藤田咲さんの声が元になっている。
2022年のVOCALOID6では、AIを使った歌声合成エンジンVOCALOID:AIが取り入れられた。
VOCALOID:AI用のボイスバンク(VOCALOIDに歌わせる歌声データの集まり)は、音のかけらを集めるのではなく、歌手が歌ったデータをもとに作るんだ。
ボイスバンクというのは、VOCALOIDに歌わせるための歌声のデータの集まりのことで、歌声ライブラリとも呼ばれる。
より自然な歌声が出せるようになったけど、「まだまだ人間の背中は遠いところにある」と開発者は話している。
2024年12月のインタビューでの、ヤマハの吉田さんの言葉だ。
一方で話し声については、AIで作った声のクローン(特定の人の声に似せてAIで作った声)を、聞いた人が本物の人の声と聞き分けられなかったという2025年の研究がある。
声のクローンというのは、特定の人の声に似せて、AIで作った声のことだ。
短い英語の文の朗読を聞いてもらった実験では、人の声と答えた割合が声のクローンは58%、本物の声は62%で、差はなかったんだ。
ただし同じ研究では、AIの声が本物以上に人らしく聞こえる、ということは起きなかった。
これはあくまで話し声の実験で、歌声を調べたものではないことは覚えておいてほしい。
喉の形の計算から始まったコンピューターの歌声は、今も変わり続けている
1961年は、声道の形を計算して歌った。
2000年代は人の歌声の録音をつないで、2020年代はAIが歌のデータから声を作るようになった。
話し声では、もう本物と聞き分けるのが難しくなっている。
一方で歌声では、作っている開発者自身が、人間の歌声にはまだ遠いと話しているんだ。
僕が感傷深いと感じた1961年の歌声から、コンピューターの歌声は今も変わり続けている。
それが人の歌声にどこまで近づくのかは、作っている人たちにもまだ分からない。
今回も未来を覗き見れたかな?それじゃ、バイバイ!
参考にした資料
・Memorial Tributes: Volume 16「Max V. Mathews」(全米工学アカデミー, 2012年)
・Background: Bell Labs Text-to-Speech Synthesis: Then and Now(ベル研究所, 1997年・Internet Archive)
・IBM 7094 Computer – console(コンピュータ歴史博物館)
・First song performed using computer speech synthesis(ギネス世界記録)
・Daisy Bell(Harry Dacre, 1892年, ニューヨーク公共図書館デジタルコレクション)
・VOCALOID 20年の歴史(ヤマハ VOCALOID公式)
・VOCALOID 20周年記念スペシャルインタビュー -開発者編-(ヤマハ VOCALOID公式, 2024年12月18日)
・歌声合成技術 VOCALOIDと新しい音楽(剣持秀紀, JAS Journal, 2014年3月号)
・VOCALOID2 初音ミク 発売(クリプトン・フューチャー・メディア, 2007年8月31日, value press)
・Voice clones sound realistic but not (yet) hyperrealistic(Lavan ほか, PLOS ONE, 2025年)




